化学工学と宇宙環境
昨年12月16日付けの朝日新聞デジタル版に、「宇宙大国へ中国誇示 月面探査、米国は台頭警戒」として、中国の無人月探査機嫦娥3号の月面着陸の記事が記載されていた。
その中で、
- 15日には、無人探査車「玉兎(ぎょくと)号」が月面に降ろされた。宇宙開発での中国の台頭を、先行する米国は警戒する。日本は中国に追い抜かれ、技術的優位を失いつつある。
- 月にある資源などの権益確保で発言権を強める狙いも指摘される。技術的には難しいが、実現すれば膨大なエネルギーを生み出す核融合発電の燃料「ヘリウム3」の獲得を、早くもにらんでいるとみられる。
このように中国の宇宙開発に対する姿勢を扇情的に解説しているが、本当にそうなのかと調べてみた。
そこで辿り着いたのが「月探査ステーション」というサイト。このこのサイトは会津大学の寺薗淳也氏を中心とした日本の月・惑星科学をリードする研究者、探査に関わる技術者などが運営している。その中に「ヘリウム3」に関する記事があったので、かなり長い文章ですが、引用すると、
ヘリウムは、元素の中では水素に次いで軽いもので、原子番号は2番でこれまた水素の次です。(中略)
ヘリウムは地球にはあまりないですが、太陽の中にはたくさんあります。(中略)太陽の中心は1500万度という温度になるといわれていますので、高温・高圧の中で、水素の原子がくっついてヘリウムになるという反応が起きます。このときに膨大なエネルギーが生まれて、それによって太陽が輝いているのです。
さて、この太陽の中の核融合反応で、ヘリウム3ができます。このヘリウム3は、太陽風(太陽から流れてくる粒子の流れ)に乗って、月へ届きます。月には大気がありませんので、ヘリウム3は月の表面の砂(レゴリス)に吸着されます。
月ができてから45億年の間に、太陽からのヘリウム3は月の表面の砂にずっと吸着され続けてきたと考えられています。さて、ヘリウム3それ自体も、核融合反応の材料になります。ヘリウム3と、水素の一種である重水素がくっつく(核融合する)と、ヘリウム4(普通のヘリウム)と陽子になります。このときに飛び出す陽子が膨大なエネルギーを発生させます。(中略)
月に豊富にあるヘリウム3を使えば、どのくらいのエネルギーが得られるのでしょうか?月にあるヘリウム3の総量は、まだ正確に見積もられていませんが、全体で2万トン〜60万トンとされています。計算では、月の砂に吸着されているヘリウム3をすべて使えば、現在の世界で使われている電力の数千年分のエネルギーが得られるとされています。また、日本全体の1年間の消費電力をまかなうためには、数トンのヘリウム3があればよいといわれています。ヘリウム3の核融合は他にも利点があります。陽子の運動としてエネルギーを取り出せばよいので、効率がよいのです。放射性廃棄物や、二次的に出る放射線の量も少なく、その意味ではヘリウム3は「理想の核融合燃料」です。
ヘリウム3を含むのは、月の砂の中に含まれている鉱物「イルメナイト」です。月の砂には、イルメナイトが約10パーセントほど含まれています。イルメナイトは、粒子の大きさが8〜125マイクロメートルととても細かいため、太陽から月表面に降り注ぐ太陽風に含まれる微粒子を吸収しやすい性質を持っています。
ヘリウム3は、月の砂を600度以上に加熱すれば得られます。しかし、ヘリウム3は月の砂に均等にごくわずかずつ含まれているだけですので、そのためには膨大な砂を処理しなければなりません。
仮に、ヘリウム3を10トン取り出そうとすると、月の砂は100万トンも必要になってしまいます。日本の年間消費電力をまかなうために、月の砂を毎日3000トン近くも処理しなければなりません。また、いま研究されている核融合に比べて、ヘリウム3の核融合は、必要な温度が高く、技術的にもたいへん難しいとされています。ですから、実用化できるのはもっとずっと先のことになると思います。このようにヘリウム3によるエネルギーを使えるのは、まだまだ先の話ではあります。しかし私たちが将来月に進出して、月面基地を作る頃になれば、あるいはヘリウム3による核融合発電で、快適な月の生活を送れるようになっているかも知れません。
このようにヘリウム3が含まれている月の砂を集めるためのエネルギー、そして加熱するためのエネルギーを考慮すると、「技術的には難しいが、実現すれば膨大なエネルギーを生み出す核融合発電の燃料「ヘリウム3」の獲得を、早くもにらんでいるとみられる。」などとはとてもとても言えない。
これ以外にも技術的な問題が多く含まれているので、それらについて次回から考えて見たい。
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