« 娘二人とディナー | トップページ | 日中関係「良い」は日本で36%、中国は67%…世論調査 »

2008年7月21日 (月)

大分県教員汚職事件に見る親子関係

大分県教員採用試験をめぐる汚職事件で何とも救われないのは、そもそもの発端が親から子への想いから来ているからである。もちろん、中には立身出世に対する渇望から汚職に手を染めた御仁もいるが・・・。

親が子を思い子が親を思うのは、殺伐とした現代であればこそ望ましい関係であるが、それが親から子への一方的で身勝手な愛情になると、その結末は悲惨であり、家庭そのものを崩壊せしめる。

山口県のバスジャック事件、そして埼玉県の父刺殺、そのどれもが一方的な愛情が招いたものなのか、それとも何らかの感情の行き違いによるのかわからないが、片方が煩わしく感じたことが発端になったことは間違いない。

ではどうするか・・・。少なくても、愛情を主とする親子関係から脱却する必要がある。例えて言えば、人生の先達として親が子を指導する関係、つまり、師弟関係に移行することが望ましいと思うのだが、そのためには親自身が再教育を受ける必要がある。

どうやって? 自分で考えるしかない。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/174004/41924714

この記事へのトラックバック一覧です: 大分県教員汚職事件に見る親子関係:

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)