大分県教員汚職事件に見る親子関係
大分県教員採用試験をめぐる汚職事件で何とも救われないのは、そもそもの発端が親から子への想いから来ているからである。もちろん、中には立身出世に対する渇望から汚職に手を染めた御仁もいるが・・・。
親が子を思い子が親を思うのは、殺伐とした現代であればこそ望ましい関係であるが、それが親から子への一方的で身勝手な愛情になると、その結末は悲惨であり、家庭そのものを崩壊せしめる。
山口県のバスジャック事件、そして埼玉県の父刺殺、そのどれもが一方的な愛情が招いたものなのか、それとも何らかの感情の行き違いによるのかわからないが、片方が煩わしく感じたことが発端になったことは間違いない。
ではどうするか・・・。少なくても、愛情を主とする親子関係から脱却する必要がある。例えて言えば、人生の先達として親が子を指導する関係、つまり、師弟関係に移行することが望ましいと思うのだが、そのためには親自身が再教育を受ける必要がある。
どうやって? 自分で考えるしかない。
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